Legendary Land Walkers

何故悪い方向にばかり考えるの?

主に並以上の人生を過ごしている方々のお言葉。

そりゃ良いことがある可能性ばかりを考えていたいけどさ。
常に最悪を想定しておかないと、事が起こってからじゃ遅いんだ。
「今後、人生に希望は無い」
そう言い聞かせておかないと、また同じ間違いを犯すんだ。

「そういう考えが良くない。今度は上手く行くかもしれない」

そうですね、上手くいったらいいですね。
上手くいかなかったら、奈落の底からさらに穴を掘って
埋まる作業が始まりますがその辺のリスクマネジメントは。


もう一つ仮説、ネガティブな感情は、エネルギー源として優秀なのだ。
うつ系統の症状の最悪の状態は、「無気力」である。
死について葛藤したり、自分の不甲斐なさに落ち込んでいる方が
まだ改善の余地があると思うのだ。
この時に対処を間違と「無気力」に移行してしまうのだが。

執着が無い。生きても死んでもどうでもいい。
世界が、どうでもいい。
歩行者天国で辻斬をすることに、疑問を抱かない。


悩んだり、憎んだり、妬んだりすることは
「生きる」という気持ちのエネルギーにつながる。
原料がどうあれ、体は動く。
行き過ぎると精神に異常をきたすことになるのだろうが、
他人から見たらかわいそうな人でも、本人の中では
救われていればそれはとても素晴らしい事。


現状。
記憶の整理整頓。時系列をちゃんと把握しなおす。
投薬治療。数えてみたら一日25錠の抗うつ剤、精神安定剤、睡眠薬で生きている。
予備もあるのでODも余裕。
休息。
とにかく辛いなら、休むしかない。
ストレッサーが除去されないので、根本的解決にはならないが
無理に動くとまた何かしかねない。

・・・永遠にストレッサーが除去されない可能性も高いのだが、
自分が手を出せる所では無いので見守るしか無い。


気分転換。
ネガティブエナジーだけで生きるのもアレなので、
とりあえずやりたいことはやる。
pixivに定期投稿。興味のある人は探してみよう。
積みプラモ再開。コトブキヤのパーツ分割の変態さは
いつ見てもゾクゾクする。
しかしフィギュアやプラモ、飾るところが無くなってきたな。
部屋の模様替えもしてみるか。


前向きな行動は全部誤魔化しに過ぎないんだろうなー。
心の底で、嫌な感情はあばれっぱなしだ。
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誕生日プレゼント羅列

・薬の増量(主に幻覚症状に対して)
・Danner シュンライ(ブラック) 自腹


150円のキャベツを買うのに戸惑うくせに、
2万円弱する靴を買ってしまう感覚は正常なのか。


以下、関わりの深い人向け。
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だる死む

世がファイヤー。
生きてます。生き延びてます。

こっちが夢じゃなければ、龍に乗って空を飛んだり
宇宙空間で遊んだりする学園生活を過ごしていた。
チルノを胸に抱いて眠りにつく所で目が覚めた。

・・・終わっている(色々と)


最近あったこと
・体調、心身ともに最悪に近し
・お薬、増量。効果の程はまぁまぁ
・確定申告、完了。がんばった。最初は青色申告するつもりだったが
どう計算しても非課税対象になりそうなので白色にした
・仕事、絶賛ブッチ中。良い子の皆は絶対にやってはいけません。
メーラー立ち上げるのが怖い
・ゲーム、主にボーレタリアに逃避中
・食事、作る気力出ず。お菓子が主食のマリー・アントワネット生活

奥歯が痛い。が、虫歯では無い。
非定型歯痛などと呼ばれる、頭痛と同じ類のものらしいです。
原因も頭痛と同じで、ストレスや疲労による血液循環の悪化による影響。
たまに起こるんですが、これが起こるということは
経験上自分の心身状態がかなり悪い時。

あとは歯のかみ合わせが悪い人や歯ぎしりなんかの癖のある人も
虫歯では無い歯痛に見舞われる事があるそうです。

対処法も頭痛と同じでバファリンなどの痛み止め等。


今日はなんと2■歳最後の日です。

どんよりです。将来の希望以前に明日の生活費が見えません。
FXの保証金や定期預金を崩すと人生も崩れそうなのでノータッチ。
カードのキャッシング枠外の現金化は、怪しい人達や看板が駅前にいたりあったりしますが、
あれは金券を買って金券ショップで売るだけなので
自分でやったほうがリスクも金利も低いです。
なお、イベントなどでポイント還元率が高いときに
JCBギフトカードをめいっぱいかって98%買取の金券ショップで売ると
差額で儲かることがありますがあまり誉められたやり方では無いので
やめましょう。最後の手段の一つです。


春が近づく。
幸せな季節が近づく。
幸せな記憶が近づく。
それは、最悪の始まりを予想させる。耐えられるかな。
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悪夢の証明

「今、この瞬間が、夢ではなく、現実であることを証明せよ」


出来ない。そもそも夢と現実の定義ができない。


それでもここが現実である事を確かめたかった。
とにかく、歩いて、知らない場所へ行った。
知らない公園をさまよった。
初めて見る景色は、現実感を与えるか
夢心地を増長させるか、割と賭けだと思った。
結果は引き分け、と言った所か。


確信が持てない。
むしろ夢なら、覚めた瞬間に安心が訪れるのに。
でも、前日の、「玄関の鍵をかけたら目が覚めた」感覚は
体中にこびりついていまだ離れない。
悪寒と頭痛が止まない。

今、自分を生かしている気持ちと記憶が、確認できないんだ。
「死なないから生きている」のは、世捨て人と同義では無い。
自分の命に執着は無い。自分の世界に執着は無い。
だけど、「あなたの命と、あなたの世界は捨てられない」

他人のためなら喜んで死のう。
自分の為に死ぬことは無いだろう。
自殺の多くは、世界から逃げることが目的であり、
「死ぬ勇気があるならなぜもう一度立ち上がらない」などという
ありがちなお言葉は的外れもいいところである。

で、その領域を超えると、多分、他人のために死ねるんだと思う。
自分の命に対する価値を見いだせない。
死んでも生きても何も変わらないなら、現状維持。
死ぬべき時が来たら、死のう。


だけど、その気持ちや想いが全部夢だったら。
いま築き上げているデタラメなバランスの世界は、
何のためにあって、今、何のために苦しんでいるのか。

現実であって欲しい。夢なら、覚めなくて良い。
とにかく、確信が欲しい。
だけど、絶対に証明できない。

意識せず、今まで通りやる気なく、テキトーに生活すればいいのだ。
少なくとも対外的な自分はそうだ。

春までとにかく我慢すれば。
春は、人の心を狂わせる。良くも悪くも。
そういえば事の発端は4月1日なんだよね。忘れようがない。

それさえも実在しない夢の記憶だったら、もう救えない。
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リアルゆめにっき

平成22年2月24日水曜日朝。

気分は最悪に近い。「無気力」ではなく、「最悪」。


ここは現実か、夢なのか、本気で疑い始めてしまっている。
現実だ。決まっている。分かっている。


昨日、いつものように浅い眠りと覚醒を繰り返しながら
時間を持て余していた。

「明晰夢(または覚醒夢)」と呼ばれる夢は、
少なくとも難どか経験したことがある人がほとんどだろう。
「これは夢だ」と自覚できている状態である。

通常の夢の性質は、どんなに荒唐無稽な内容であろうとも、
夢を見ている間はそれが当たり前であると感じてしまっていることにある。
目が覚めた時始めて自覚し、「変な夢みたなぁ・・・」となる。
明晰夢は、夢をみている最中にこれが夢だと自覚するため、
夢の中である程度自由に動く(動いているつもり)ができる。
実際には明晰夢でも起きてみると色々と現実と食違っている場合も多い。


豆知識はさておき。
夢と現実の曖昧さは、ここ半年ぐらいの症状の一つだった。
自分が今行っていることが、夢か現実か区別できない。
だけど、上記の通り、明晰夢でも目が覚めれば「夢だったんだ」と
現実との矛盾に気がつくことが普通である。

幻聴、幻覚(幻触?)の節もあるので、自分は夢に対して過敏になっている。
ただ、確固たる「現実」がここにあるから、
「いるはずのない人の声」「いるはずのない人の触感」を
「現実ではない」証拠として心を落ち着かせることができる。

でも昨日。
いつも通りに、浅い眠りを繰り返して、気持ち悪くて。
いつもそうしているように、気分転換に軽く着替えて愛用のバッグとキーケースを持って。
玄関をくぐって、扉に鍵をかけたとたん。

「目が覚めた。」

この時の驚き、感情は本当に言葉では言い表せない。
「絶対に現実だと思っていた。自覚していた」
「起きてみても、「夢だった」要素が何一つ無い」
「でも、「夢だった」」

体が言うことを聞かない昼下がり、浅い眠りを繰り返す時は
知らない間に眠り、目が覚めることを繰り返すのが常。
だから、いつから寝ていたのか、はっきりと覚えていることは少ない。

だけど、今回のは。

「いつから夢だった?」

時計を見て、「もうこんな時間か」と思い、
心身をリフレッシュするために駅前まで散歩する。
ほとんど日課である。
その一連の流れの、「夢を見ていた」。

違う、今の自覚だと、時計を見た所は現実なんだ。
そこから、「いつから夢になっていた?」
現実と全く同じ流れの夢では、明晰夢に成り得ない。
思い返しても、不自然な点が無い。

でも、扉に鍵をかけた直後という絶妙のタイミングで、
「目が覚めた」。

不安感とか、恐怖感とか、それを超えた感覚。
冷や汗が止まらない。体が冷たい。


眠るのが、怖い。


この世界に、大切なものが沢山ある。
今は失ってしまっったものの方が多いけれど、それでも
大切であり、存在することには変り無い。

でも、「これが夢だったら」。

現実があったとして、目が覚めたら忘れるのか。
「夢だったのか」で済むのか。
嫌だ。
忘れたくない。
忘れたくないから、忘れられないから、この苦しみを楽しむことができるのに。


本当に、今ここが夢か現実か確固たる自信が持てない。
「現実である可能性が極めて高い」のは確かだが。

これが行き過ぎると、いわゆる「頭のかわいそうな人」に
なってしまうんだろう。精神の死を免れるための、精神の崩壊。

眠れない。
怖い。だけど、それ以上に何か嫌な気分がして眠れない。
今も、もしかしたら夢をみているのかもしれない。

日記は、形は変われど人類が用いてきた最古の情報保存の手段の一つ。
岸壁に削るか、電子の海に流すか、それだけの差。
そこに自分がいた証。

通院日まであと2日。
今の私は、どうなっている?
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水道トラブル780円

水道の蛇口が誰がどう見てもこわれたので

蛇口1



こういうモノを買ってきて

蛇口2



付け替える。

蛇口3



巷ではこの作業をすると5000円+交通費がもらえるらしい。
ちなみに上記工程の作業時間は5分、部品代は780円、
使う道具は普通のドライバーとレンチ程度である。

この手の部品は個人が手に入れられるモノなのか?などと
ツッコまれたりしたがホームセンターで普通に売っている。
少なくともK町のLIVINには売っていた。
大体、都内なら東急ハンズでかなりニッチなパーツも揃う。

日曜大工の範疇は何処までなのだろうか。
水回りの作業が大変なのは確かだが、上の作業を業者に依頼する、というのは
個人的には考えられない。が、現実は業者がやることが多い。

まずは知っているかいないかの問題だ。
この程度の修理ならあのパーツがあればできる、と知っていれば取り掛かれるが、
そもそも何をどうすればいいのか解ってい無いと
(この場合蛇口の構造と対応部品)手が出せない。

基板の故障レベルになると流石に手が出せないが、
壊れたらまず自分で修理できないか考えることから始まる。

最近は機械の故障も少なくこの手の作業に疎い子が多い様だが、
ブレーカーが切れた時の対処方ぐらいは知っておいて損は無いと思う。
特に北関東は雷多いんだから。
ヒューズがどこにあるか、予備のヒューズがちゃんとあるか
(ブレーカーボックスには絶対予備ヒューズの保管場所がある)
まずその辺を確かめてみるとか。


今日言いたかったこと。
業者に5000円払うぐらいなら、私が4000円で修理します!
4000円相当の酒類でも可!

あー、まじで何でも屋とかもアリかなー。
肉体労働でなければ大体イケると思うんだけどなー。
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大好きだから、大嫌いなんだ



おまけが本編。


好き(love、like共に)の反対は嫌いでは無い。
無関心が一番対極なのだ。

好きじゃなきゃ、嫌いになれない。
愛してなきゃ、憎めない。
憎んでいる限り、愛してる。


逆説ですな。
逆説って本来の意味で使われなくなってきている言葉ベストテンに
入っていると思うんですがどうでしょうか。

真逆という言葉が普及したのは月姫の功績が大きいと思うのですがいかがでしょうか。
(少なくとも私が義務教育を受けていた時期には真逆という言葉は存在しなかったと思う)
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あの日の冒険がお金で買えるなら

トネリコ3終えたので、積みゲーになっていた
DS版DQ6をスタート。

どんだけゲーム三昧なんだよ、とツッコむなかれ、
ゲームに飽きたら違うゲームをするような生活なんだぜ?


・・・正直、この季節はうつ度がMAXに近くなる時期なので
何も考えずに非現実に逃げ込んでいたいのです。
経験的に、晩冬、梅雨、晩秋がうつウェーブヤバイ時期トップ3だと思う。
ただし、春や夏の陽気が良い時期は、ショックを受けた時の
反動も大きくなるので実はそっちの方が危ないと思ったりもします。
なまじ「何かしたい」「何かできそうだ」と勘違いしてしまい
間違った方向へ突き抜けていることが多いので。
春に変な人が多いのはそういう理由だと思う。


さてさて、リメイクDQ4、DQ5、DQ9とつづいてDSドラクエになるわけですが
リメイクは開発会社が違うので技術的な部分で比較してもシリーズの比較にはなりません。
ただ、DQ9の操作感に慣れているとやや違和感を覚えるかな?程度。

まだ序章も良い所ですが、忘れていた内容がありありと蘇ります。
個人的に、ライフコッドの村祭りでの花火とその翌日
家を出たときの太陽の光の演出が再現されていたのに衝撃。
すっかり忘れていた演出ですが、みた瞬間に当時のワクワク感が蘇ってきました。


そう、形式美と言われようが外人受けが悪かろうが、
これがドラクエなのだ。私の世代の多くの少年達が
皆で共有した冒険の世界なのだ。
ゲームの黎明期~発展期に育った我々はゲームを楽しむ上で
一番恵まれているのかもしれない。

とりあえず、改めて思ったのは、話の組み立てと
それを成立させるご都合主義の入れ方が凄まじく上手い、という事でした。
FF13とトネリコ3の序章と比べてしまっているからかもしれない。
全部、冒険を始めるための理由付けがあるわけですが、
その理由に対してプレイヤーをどう納得させるか、のアプローチが
それぞれ異なって面白いです。

個人的にはですが、FFシリーズは単純に「その先のストーリー」を
見たいがためにゲームを進める印象です。
対してDQシリーズは、もちろん一本の大きなストーリーはあるのですが、
「次はどんな事があるんだろう」という純粋な好奇心を抱かせる印象です。
FFは長編小説、DQは短編集、といった所でしょうか。

どっちが優れているとかではなく好みの問題なので優劣はありません。
どっちも楽しめる人が一番得です。

リメイク商法は賛否両論あるのですが、現実問題として
実機で当時のゲームをプレイする環境を整えることは難しく、
過去の名作を蘇らせる、という意味は大きいと思います。
メーカー的には新作よりもリメイクの方が利益率が大きい、という
台所事情もあるでしょうが。

昔読んだ本や漫画を、また読み返したくなる、アレと同じだと思うのです。
始めてテレビゲームで「物語」を体験した世代は私からやや上辺り、
まぁ現在バリバリ社会の実労働の中心になっている世代かと思います。

それより上になるとテレビゲームの体験が無い方も多く、
また「ゲームは悪いもの」というイメージを持った方も
少なくないのが事実でしょうが、ゲームで体験した冒険は
本や漫画で味わったあのワクワクと何か違うのでしょうか。

媒体は変われど、少年時代に味わった感動は、どんな形であれ、
今の自分の生き方を構成するファクターのはずです。

現在、洋ゲーと和ゲーで求められる内容が大きく異なるのは、
「今ゲームを作っている人たちが少年時代に体験した物」
の差に他ならないはず。
DQはそういう意味でとても日本的な内容なんだと思います。

うつと診断されたのは大人になってからでありますが、
内向的で後ろ向きな性格や精神は昔からのものです。

当時、男子も、女子も、先生も、家族も、僕を助けてくれなかった。
だけど、ゲームは、僕を、助けてくれた。

現実から逃げた、と言えばそれまでですし否定もしません。
今だって、現在進行形でその状態なんだし。
そもそもサブカルチャーは現実から逃げた人たちが創り出したものだと思ったり。
今では「サブカルチャー」という一つのくくりにされてしまっていますが、
いまでも道を外れた人たちは、「何か」を探そうとしている。
でも、ほとんどの人は、結局何も出来ずに終わる。
だけど、一握りの人が、「何か」を見つけた時、新しいことが始まるわけで。

見つけられるといいなぁ。
原点であるゲームに入り浸りながら、先を見ることができるのか?
先じゃなくて、横とか後ろとかも見てみるのもいいんじゃないかなぁ。


いつも通りまとまりが無くなっていく長文でしたが、
「この時期うつい人たちは本気でやる気が出ないので
生産的なことは最小限に抑え自分の世界で自分を安定させている」
という事が解って頂けるとありがたいなー、ということでした。

ターニアは俺の妹。
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ベタでもいい、面白いんだもの

アルトネリコ3、トゥルーエンド到達。

・・・はぁ。
このシリーズ通してやってきて良かった。
3からいきなり入った人も多いみたいですが、
1から通してプレイした人は感動も一入では無いでしょうか。

1の時点でどこまで話が考えられていたかは分かりませんが、
2のエンディングでは明確に次回作に続くことが示唆されていて、
見事にそれを回収したのが3でした。

1、2、3の3にんの主人公と9人のヒロイン、
どれが欠けてもこのエンドには至らない珠玉の逸品。

もちろんご都合主義や無理矢理感漂う所も多々あるのですが、
それを踏まえてなお見事な3部作だったと評価できます。

・・・4がでて蛇足になる、というパターンは避けて欲しいな。
4をだすなら全く新規の話にして欲しい。
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にぼしの日?俺にはソーマがいるから

俺、にぼしアレルギーなんだ・・・(実話、今は治った


世間では浮かれたり沈んだり色々ある日ですが、
アルトネリコ3絶賛プレイ中の俺に隙は無かった。
ちゃんとプレゼントももらった(液晶の向こうで)。

前回色々辛口なことも書きましたが、アルトネリコシリーズは
ファンが求めている要素は非常に的確に抑えているので
その辺はやっぱ上手いなー、と感じるしファンとして
プレイしていて面白いです。

逆に言うとシリーズ知らない人が手を出すと火傷しかねません。
特に今回のパージシステムは。
とりあえず家族や相方が同居している人はプレイできないんじゃね?
なんでCERO Cで通ったのかもわからない。
X BLADEのパッケージは修正を要求したという前例があるのに、
パッケージが健全なら中身はあれでもいいのか・・・

解らない人のために大まかに内容を列挙すると、
・十代前半の女の子が服を脱ぎながら戦う(ムービー付)
・最終的には下着姿、キャラによってはそれ以上になる
・宿屋に泊まるときも夜ヒロインの部屋に行き好きなものをプレゼントする代わりに脱いでもらう
・女の子の中に手を入れてぐちゃぐちゃにかき混ぜて
無理やり異物を抜き取るイベント(一枚絵付)
・超必殺技をつかうと下着一枚になる(ムービー付)
・アイテム名『オトナ用医者プレイ』。ちなみに武器
・起動時のロゴでhavokがあるので、何処で物理演算しているのか考えてみたが、ヒロインが脱ぐときの胸が揺れる所しか思い当たらない


うん、全部本当のことだよ。
技術面で色々残念なところが見られるのは事実なのだが、
やはりそれ以上にニーズを押さえるマーケティングの力を感じました。
なにより、企画担当者が本当に楽しんで作っているんだろうなー、というのが伝わってきます。
逆に技術・開発担当がどれだけ振り回されたかも見て取れるけどな!

戦闘システムは絶対頓挫している。おそらく企画は相当に
壮大なシステムを練り上げたはずだが、時間と開発費がそれを許さなかったのだろう。
属性の概念があるのに属性特化の武器防具が無いこと、
必殺技や魔法が全部無属性であることが物語っている。

あと回復や補助の詩が一切無いのに、イベント等の会話で「回復用詩魔法」などといった単語が出てくる所とか。
(回復はオートリジェネ、手動でする時はすべてアイテム使用です)

ティリアの中の人がライトさんと同じというのも運命なのか。
どうしてもティリアとライトさんがかぶる。
FFとトネリコではRPGとして目指すベクトルがかなり違うため、余計に面白い。

だけどこれはライトさん=ティリアであって(髪の色が同じなのはスタッフ狙ってやったのだろうか)
ルシ=オリジンでありルシの印=インストールポイント、
グランパルス=アルシエルでコクーン=アルトネリコと
考えることもできるのだよ!
多分FF13とアルトネリコ3をやった人は同じことを絶対考えたはずだ!

・・・700年の間にライトさんの性格と胸囲が大きく変化した事が問題だが。
※そもそもティリアの詳細は作中で描かれるので当たり前ですがFFとは何の関係もありません

なにが言いたいかと言うと!
3D処理および前衛の戦闘システムはFF13で、
そこにヒュムノスの概念とアルトネリコの世界観を混ぜ込んだ
RPGがやりたい!

・・・TOVの3D技術をガストに流してもらえれば近いものが
できると思うのだがなー。あのアニメシェーダーは門外不出だろうなー。

あ、ちなみにアルトネリコ3の戦闘システムは技術的には実はめちゃくちゃすごいです。
主に3Dグラフィックの稚拙さが原因で技術不足を指摘されていますが、
あの戦闘システムの実現は生半可な物ではありません。

簡単に言うと、BGMのループ素材が複数用意されていて、
それらがミックスされた物が戦闘BGMとして流れ、
プレイヤーの行動と戦闘の状況に応じてリアルタイムに
変化して行く、というものです。しかも単なるレイヤーミックスのみではなく
タイムシフト、ピッチシフト、コード変更処理も行っています。

逆に言うと、それに負担がかかりすぎて他が疎かになった、といった所だと思います。
3Dモデルのポリゴン数の少なさも、待機している音素材に割り当てているメモリが膨大すぎるために
少なくせざるをえなかったのかな・・・と勘ぐっています。
(PS3は処理能力に対してメモリが少なすぎます。たしか512MB。)

がんばれガストちゃんをはじめとする中小開発企業。
まー、ゲーム業界自体が根本を見直す時期なんだろーな、今は。
ユーザーも含めて。

作りたいものをつくるのか、面白いものをつくるのか、売れるものをつくるのか。

全部意味が異なり、全部必要なため、娯楽産業は衰退する。
文化にならない遊びは消えゆくのみ・・・儚いのぅ。
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